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2011年3月26日土曜日

[近日公開] アシュワース教授の呼吸器レクチャー始めます

 当ブログではロニー アシュワース Lonny Ashworth教授による呼吸器レクチャーの連載を始めます。
 アシュワース教授はアメリカのボイシー州立大学 Boise State Universityにて呼吸療法プログラムの責任者をされております。大変な親日家で、毎年日本を訪れ各地で呼吸ケアについての教育を行っておられます。豊富な知識とわかりやすく丁寧な指導には定評があり、最近では第38回日本集中治療医学会においてALI/ARDSに対する人工呼吸療法ハンズオンセミナーの講師をされました。
 若手医師のための人工呼吸器ワークショップの講師も日頃から大変お世話になっているアシュワース教授が、このたび当ブログにて呼吸器レクチャーを連載して下さることになりました。呼吸ケアに関する非常にわかりやすく役に立つ話を聞けると思います。どうぞお楽しみに。
 また当ブログでは質問も受け付けます。呼吸ケアについて日頃から疑問に思っていることがあれば、コメント欄にお書きいただくかメールにてご連絡下さい。
 respiratory.blog@gmail.com

[呼吸器話] 人工呼吸器に繋いでみよう

無事に気管挿管し、そのあとバッグ換気を行って、次に人工呼吸器に繋ぐことにしました。
皆さんが手でバッグを押して感じた固さや柔らかさは、人工呼吸器に繋いでしまうともう意味が無くなるのでしょうか?いいえ、決してそんなことはありません。人工呼吸器というのは、皆さんが手でバッグを押す代わりをしてくれる”Mechanical student”なのでしたよね。バッグを押して固いと感じるときには、人工呼吸器に繋いでも空気を送り込みにくくなるはずです。しかし一旦人工呼吸器に繋いでしまうと、「固い」かどうかは直感的に感じることができなくなってしまいます。そこで人工呼吸器的に考えてみます。人工呼吸器は「固い」とは感じません。陽圧呼吸を専門とする人工呼吸器の立場で考えると、「気道に空気を通して肺をふくらませるのに必要な陽圧が上昇する」という風になります。したがって前回話したような気道抵抗が上昇する(例:気管支喘息、細い気管チューブ)か、コンプライアンスが低下する(例:ARDS)か、またはその両方が起こると、人工呼吸器で換気をするのにより高い圧が必要になります。どれだけ高い圧が必要かは人工呼吸器上でモニターすることが可能です。

たとえば一定の1回換気量を一定の速度(吸気流速)で与える場合を考えてみましょう。ARDSのようにコンプライアンスが低くなれば(風船のゴムが厚くなる)、同じ量の空気を入れるのに必要な陽圧は上がりますね。
気道抵抗が上昇した場合はどうでしょうか?抵抗を持った管に空気を通す時には圧較差が必要になります。どこかで出てきた話ですね。そう、この人です。
ゲオルク・オーム
圧較差=流速 × 気道抵抗
なので、流速が同じであれば、気道抵抗が上昇することにより必要な圧較差が上昇します。したがって同じ1回換気量を送り込むのに必要な圧が上昇することになります。
第1回ワークショップ講義資料より

コンプライアンス、気道抵抗が変化すると必要な陽圧が変化することが分かりました。それでは必要な陽圧が高くなっているときにそれがコンプライアンスの低下によるものなのか、気道抵抗の上昇によるものかを区別することはできるのでしょうか?それがわかれば患者さんの病態が主に肺胞にあるのか気道にあるのかがわかって便利な気がしますね。実は可能なのです。そのためにはピーク圧(最高気道内圧)とプラトー圧の違いを知らなければなりませんが、その話はまた次の機会にします。
今回は1回換気量を決めたときに圧をモニターするという話をしましたが、人工呼吸器では逆にどれだけの陽圧をかけるかあらかじめ決めておくことも可能です。その場合は決めた圧でどれだけの1回換気量が入るかをモニターすることになります。1回換気量を設定して圧をモニターする方法を従量式、圧を設定して1回換気量をモニターする方法を従圧式と呼びます。

2011年3月21日月曜日

[呼吸器話] ストローと風船のお話

前回は人間の呼吸器をストローに風船がついたものと考えるという話をしました。これが人工呼吸を考えるときにどのように役に立つのでしょうか?
第1回ワークショップ講義資料より


気管挿管された患者さんをバッグ換気したときに、バッグを押すのが固かったり、柔らかかったりするのを経験したことがあるかと思います。この「固い」「柔らかい」も「ストロー + 風船」のモデルで考えるとわかりやすくなります。
まずストローについて考えます。ストローは上気道、気管、気管支、細気管支を含んだ空気の通り道を指すのでしたね。気管挿管されている場合ではこれに挿管チューブも合わせて考えます。ストローのような細い管とトイレットペーパーの芯のような太い管がある場合、どちらの方が空気を通しやすいでしょうか?もちろん太い管の方ですね。したがって、管が細くなっている場合にはより強くバッグを押さなければ空気が入っていかないのに対して、管が太い場合にはそんなに強く押さなくても空気が入っていくことになります。前回に例として挙げた細い挿管チューブを使った場合、喘息発作がある場合、患者が挿管チューブを咬んでいる場合には、管が細くて空気が通りにくくなるので、バッグをより強く押さなければならないことがわかりますね。この空気の通りにくさのことを業界用語では気道抵抗と呼びます。
さて風船の部分はどうでしょうか?ここではゴムがぶ厚い風船と、ゆるゆるで薄いゴムの風船を思い浮かべて下さい。どちらをふくらませるのにより強くバッグを押さなければならないでしょうか?ぶ厚いゴムの方ですね。肺疾患により肺胞がふくらみにくくなっているのは、風船のゴムがぶ厚くなっている状態とたとえることができます。したがって肺水腫やARDSなどで肺胞がふくらみにくくなっている場合には、風船をふくらませるためにより強くバッグを押さなければならなくなります。風船のふくらみやすさのことをコンプライアンスと呼びます。エラスタンスという用語を聞いたことがあるかも知れませんが、こちらは風船の縮みやすさを示し、コンプライアンスの逆になります。実際には胸膜、胸郭といった肺を包む構造もコンプライアンスに影響するのですが、まずは単純に「肺胞のふくらみやすさ=コンプライアンス」と覚えて下さい。
次回はバッグ換気からいよいよ人工呼吸器につなぎ替えてみます。

2011年3月7日月曜日

上気道閉塞

 Twitterでのクイズの答えです。呼吸苦と喘鳴を主訴に受診された55歳の女性です。呼吸機能検査は下のような結果でした。

左:フローボリューム曲線、右:時間ー気流曲線

ここで一番の手がかりになるのはフローボリューム曲線です。残念ながら他院で行われた呼吸機能検査なので、吸気の部分がなく強制呼気のフローのみとなっています。呼吸機能検査を見慣れていない人に簡単に説明すると、フローボリューム曲線では横軸の上側が呼気、下側が吸気になります。強制呼気ではStarling's registerという仕組みにより流速に制限がかかるため、患者の努力に左右されない曲線になるのですが、このあたりの詳細は割愛します。簡単に言うと、正常では山型になって、この症例のように平らにはなりません。




 フローボリューム曲線が平らになるときに考えるのは上気道閉塞です。ここでいう上気道とは口・鼻に始まって気管下部までを含みます。胸腔外に閉塞がある場合は、吸気時に胸腔内の陰圧により気道内の圧が外より低くなるため閉塞がより顕著になります。したがってフローボリューム曲線の下側すなわち吸気が平らになります(上図A)。
 胸腔内に閉塞がある場合は、胸腔外の場合とは逆に吸気時には胸腔内の陰圧で胸腔内気道は広がり閉塞の程度は軽くなりますが、強制呼気時には胸腔内陽圧により気道外圧が内圧より高くなるため閉塞がより顕著になります。したがってフローボリューム曲線の上側すなわち呼気が平らになります(上図B)
 そんな理屈はややこしすぎるという人は、フローボリューム曲線が上向きにとがっているは上を指しているので胸腔外、下向きにとがっているときは下を指しているので胸腔内と覚えると忘れにくいでしょう。
 閉塞が固定して呼気・吸気の圧変動に左右されなくなると、呼気も吸気も平らになります(上図C)。この患者さんの場合は、吸気のフローボリューム曲線があればこのタイプだったと思います。
 
 上気道閉塞が疑われる場合にまず行う検査は(軟性)気管支鏡です。この患者さんは下の写真のように声門下に気管狭窄がありました。気管挿管や外傷などが原因となりますが、この方には原因となるような明らかな病歴はありませんでした交通事故による胸部外傷の既往がありました。治療としては硬性気管支鏡下でのレーザー治療やバルーン拡張があります。


気管支鏡所見

今回は比較的すぐに紹介されてきたので早期に診断・治療できましたが、上気道閉塞の患者さんには長らく気管支喘息として治療される方もいます。上気道閉塞は腫瘍によるものでなければ多くの場合治癒可能ですので見逃さないようにしたいものです。


 今回は呼吸器内科的な症例でした。教訓は"All that wheezes is not asthma."(ゼーゼーするからと言って喘息とは限らない)です。


 皆様の施設で呼吸に関する興味深い症例があれば是非ご紹介下さい。症例以外にも、臨床上のコツや各施設での呼吸ケアへの取り組みなどの情報を共有していただければありがたいです。respiratory.blog@gmail.com までご連絡下さい。

2011年3月6日日曜日

[呼吸器話] バッグが固いのはなぜ?

無事に気管挿管を終えた後、バッグ換気をしたことがありますか?たかがバッグ換気と侮ってはいけません。これもりっぱな陽圧換気です。ポリオが流行した時期に初めて行われた陽圧換気は、気管切開をして医学生が交代でバッグを押すというものでした。その後、医学生の代わりに機械で陽圧換気を行うようになったため、当初の人工呼吸器は”Mechanical student”と呼ばれました。
さてそのバッグ換気なのですが、患者さんによってバッグを押すのが固かったり柔らかかったりするのに気がつきましたか?この「固い」「柔らかい」というのはどこから来るのでしょうか?挿管チューブが8mmのときと6mmの時では違いがありますか?喘息重積発作の場合はどうでしょうか?患者さんがチューブを咬んでいるときには押しやすさは変わりますか?肺水腫やARDSの患者さんの場合はどうでしょうか?
答えの前に人間の呼吸器について考えてみましょう。肺生理の古典的な考え方に、人間の呼吸器を管の部分と袋の部分に分けるというものがあります。管というのは上気道、気管、気管支、細気管支を全て含んだ空気の通り道を指し、気管挿管されて人工呼吸器に繋がっている患者ではさらに挿管チューブも含んで考えます。それに対して袋の部分は肺胞に相当します。したがって非常に単純に考えると人間の呼吸器はストローに風船がついたものになります。
第1回ワークショップ講義資料より

「そんなばかな、自分の呼吸器はもっと複雑にできている!」と思われるかも知れませんが、おっしゃるとおりです。実際はそんなに単純な話ではないこともあります。しかしこの概念は非常に有用であり、人工呼吸を学び始めたばかりの方にとっては役に立ちます。実際に研究や教育目的に使われている模擬肺もこの考え方に基づいています。
次回はバッグを押すのが固くなる理由について話します。

2011年3月1日火曜日

Ludwig's angina

前回のTwitterでのクイズの答えです。

Ludwig's anginaのCT像
矢印は膿瘍部分


 Anginaと言う名前がついていますが心臓疾患ではありません。ちなみに命名したのは何を隠そうLudwigさんです。
 機序としては、通常は下の奥歯の齲歯から舌下・顎下へ感染が広がることで起こります。当症例では膿瘍形成がありましたが、必ずしもあるとは限りません。感染症的な治療としては、嫌気性菌を含めた口腔内常在菌をターゲットにした抗生剤を投与することになります。本症例ではユナシンを投与しました。


 呼吸管理的にはこの腫れ上がった舌による上気道閉塞が問題になります。ひどい場合口腔内に収まらないくらいに舌が腫大します。以前にも書きましたが、このような患者さんの気道確保をするときに、次の手を考えずに筋弛緩剤を投与してはいけません。通常の喉頭鏡での挿管で上手くいく可能性はかなり低いです。この場合、声門より上からのアプローチとしては気管支鏡による挿管が適応になります。経験がある方なら盲目的経鼻挿管も良いかも知れませんが、下手につついて上気道閉塞を悪化させることは避けるべきです。声門より下からのアプローチとしては経皮または外科的輪状甲状間膜切開があります。本症例では手術室でまず覚醒した状態のまま外科的輪状甲状間膜切開が行われ、引き続き切開排膿が行われました。